倉木麻衣のdelicious wayを励みに通った大学時代の自動車教習所とゴールド免許への道

土地柄、時代もありますが、この記事を読んでくださる方は車の免許はお持ちでしょうか。
田舎特有の車社会の場合、高校3年生で自校(私のところは教習)、自動車教習所に行くことが多いかなと。
20年以上前であれば、男はMT車じゃないとかっこ悪いぜみたいな雰囲気もありました。女性でもMT車が乗れる免許を持ってる方は多いですね。頭文字Dが流行ったドリフト全盛期でもあります。
AT限定の方が、習うことが少ないので少しお値段お安めだったはず。
現在は、私が免許を取った時代に比べて5万ほど高くなってるみたいです…恐ろしい…
AT限定で取る方も多いみたいですね。


私は田舎暮らしで回りが高校卒業時点で免許を持ってる友人も多い中、大学時代に取りました。
徒歩10分、15分くらいで行けるところに自動車学校があり、行きも帰りも強烈な上り・下り坂があったので自転車ではちょっと厳しかったですね。
当時、スマホはないですが、ウォークマンと呼ばれる音楽再生プレイヤーがまだまだ使われていた時代ですね。
通いながら聞いていたというのではなく自室で聴いていたのですが、地元から離れて大学生活を送っていて、長期休みに地元へ帰省していた時に通っていたこともあり、期間だけで言うと半年以上かかっています。
夏・冬休みを経て~春休みにかけて。免許取得期限が9か月くらいじゃなかったですかね? けっこうギリギリ。
試験に落ち続けてギリギリになったんではないというのだけ。最後のペーパーに1回だけ落ちました…くそぉう。


そんな長期休み、教習所通い時代に聞いていたのは
倉木麻衣
時代としては、デビュー曲が有線で流れ、少し先にデビューしていた稀代の歌姫宇多田ヒカルの新譜か? と問い合わせが殺到したらしい、ちょっとあと。
1stアルバム『delicious way』
私はあまり見てないのでわかりませんが、今ではコナンの人、という印象が強いみたいですね。


アルバムタイトルは、そういう意味ではないんでしょうけど、ポジティヴなデリシャスという語感からくるイメージ、wayが道という強引なこじつけをすると。
当時の自動車学校までの通学路? はデリシャスウェイではなかったです。
担当教官制だったんですが、けっこう厳しい方だったのでよく怒られました。(同じ町のもう一つの教習所は担当教官性ではなかった)あ、ちゃんと? MT免許です。
その教官のおかげもあると思う、というかそれが大きいのかな。車も日々乗りながらの、ペーパーではないゴールド免許です。えっへん
前の車がバックしてきて当てられる、逆オカマみたいなごくごく軽い事故っぽいものはありましたが。
とにかく、過去の経験としてはちょっと苦い思い出、でも懐かしいなぁと思えるものです。中学時代の同級生が大型二輪の免許を取っていて、6年ぶりの再会という出来事もありました。(おかげでそこから今に至るまで付き合いがあります)


ちょっと苦い思い出ではあるんですが、音楽がともにあることで少し和らぐということではないんですが、記憶としては苦がないですね。
もちろん、音楽と共にあってもそれがトラウマのようで聞きたくない、思い出したくない、記憶もあると思います。
私も記事にはしないですが、そういった"トラウマ級の思い出 ~大好きな曲を添えて~" みたいなフレンチ料理のメニューにありそうな思い出はあります。


最後に、ちょっと上記とは関係ないお話を。
今は文章だけの記事をつらつらと書き続けていますが、メニューページにある各プレイリストルールはいつでも準備万端。
倉木麻衣のプレイリスト(マイベスト)も当然作ります。
アーティスト別プレイリスト作成ルール
オリジナルアルバム13枚は揃ってますし、ベストも当然ありますし。
MV集? 映像作品についていた、モスクワで収録されたアルバム『Mai Kuraki Symphonic Collection in Moscow』もあります。
ここまでお付き合いしてくれた方、ありがとうございました。


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