嵐や西野カナの知名度から考える昭和平成ヒット曲と令和の局地的流行の違い
今人気の、流行の、という言葉を耳にする機会はあると思います。バズるというものもそれに近い感覚ですね。
流行の幅
流行、というのは時代によって意味が変わってる、というか幅が変わってるんですよね。今の人気というのは多くが一昔前で言う局地的流行のことだと思います。
ネットが主流になる前の流行は、国民の認知度が高いものを指していることが多かった気がしますし、そうなりやすい時代でもあったのかなと。
音楽という点から見ると、現代で国民的認知度を誇るアーティストや歌はあるが、昔より減った印象です。
これは良い時代になったもので、多様性が起こしている現象なのかなと。
興味がなくても、好きじゃなくても、ヒット曲が耳に入る時代はありました。テレビが中心だった時代がそうです。
CMもカットできない、見なければいけない時代に流れていた音楽。
テレビという、放送局が10局もない媒体で、好きかそうでないかに関わらず見ていた番組から流れてくる音楽。
今はサブスクだYouTubeだTikTokだInstagramだ、見られる媒体も多ければ、ひとつの媒体自体が広く、同じプラットフォームを見ているのに全然別のものを見ていることも多いです。
セツナ系泣き歌の流行
2010年代、私のblogでも取り扱う機会が多い"セツナ系泣き歌"というジャンル。
流行とはいっても、CDセールス中心のヒットチャートをにぎわせていたのは西野カナ、JUJU、加藤ミリヤといったごく一部のアーティスト。
多くは10代後半から20歳くらいの、着うた、携帯の中の女性の局地的流行でしかありませんでした。
全盛期のジャニーズ。熱心なファン層は女性でしょうけど男でも知ってますし、嵐やSMAPなんかはバラエティにドラマ、本業は音楽なので国民的人気、というのがしっくりくる人気度でした。メンバー全員の顔と名前が一致する人も多いはずです。
流行の現在地
流行という点で外せなくなったのは、あっという間になくなるもの。消費が早いという言い方がされますね。
これが、幅広い人気や流行を起こしにくくさせている要因だとも思っています。
昔のヒット曲はランキングに数か月居座ることも珍しくなかったですし。まだこの曲売れてるの? という感覚すらありました。
今は、気づけば去っているという感覚の方が圧倒的に多いはず。
私の幼少期は、大ヒットソングが数年にわたって聞かれるような環境でした。
長ければ長いほど多くの人の目に触れることにもなるし、常に耳に入り続けるので記憶にも残りやすいのではないかなと。
今風に例えれば、再生数が1億だったとして、1か月で達成されるのか1年で到達できるのかということですね。
今でもテレビを見ていると、昭和の名曲選、平成の流行曲みたいな番組を時折見かけます。
別に回顧主義ではないですし、それが良いとも思いませんが、20年後、2020年の人気曲特集をやったときにどの程度わかるだろう、覚えてるだろうというのは感じるところです。え、知らないんだけどの割合は高い気がします。
もちろん私は、世代的に2020年代半ばのことは詳しくないので、今の若い方々はそうなるんじゃないかなという想定です。
それくらい当時のヒットソングの流行というのは、恐ろしいまでに浸透度が高く、その量が多かったんです。
現代でも国民的知名度の高さを誇る曲はあります。米津玄師の「レモン」やあいみょんの「マリーゴールド」、Adoの「うっせぇわ」
アーティストに興味なくても、ファンじゃなくても、世代問わず知名度は高い、この割合が多かったのが昔。
その分、当時はマイナーアーティストにとってしんどい時代が続いてたんじゃないかなとも思います。
今は個人レベルですら簡単に人に届けられるような環境が整っていますから。
新しいものがどんどん入ってくるのは、常に刺激を与えてくれるのし素晴らしいことです。
それと同じくらい長く愛されるものも大事だと思います。
今後も、現在と昔を比較するような記事が多いですし、記事自体が一昔前のことを取り上げることも多いです。
良し悪しで語るつもりはありませんし、本当に今の時代は音楽を聴くには自由で良い時代なんですよ。サブスクもあれば、公式が無料でMVを公開してくれていてフルサイズをいつでも聴ける。
それでも、昔はよかった、今はダメだという風に聞こえてたらこちらの表現不足で申し訳ないです。
今後ともこのblogに訪れてくださる方がいたら、幸いです。
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